右脳アートが気づかせてくれたこと。

以前、時間に追われる生活の中で時折、いつか絵を描きたいなあと思っていた。小さな頃は暇さえあれば絵を描いてた。絵描きになろうと思っていた。とても自然なことだった。あるとき大好きな母に「将来何になりたいの?」と聞かれ「画家」と元気に答えた。すると心配性の母が戸惑った笑みを浮かべ小さく「絵描き貧乏っていうのよ」と呟いた。「そっか、画家にはなれないんだ」とその時インプットされた(画家を諦めたこの瞬間を思い出したのは何十年も経ってからだ)
絵描きにはなれない、と勝手にインプットした私は、グラフィックデザイナーになった。20才代前半、日本はバブル全盛、広告業界華やかしい時代、六本木のデザイン会社で毎日深夜まで仕事をし仲間と飲み歩いた。なかなか浮かれていた。28歳で子育てを理由にデザイナーをやめた。本音はデザインがつまらなくなったからだ。デザインの仕事は大好きだった。線をひっぱったり写真やイラスト考えたり、これでお給料もらえるなんて幸せ!と思っていた。が、いつしかデザインするのが苦しくなっていた。クライアントに評価されるデザインを出さなきゃ、と、周りの顔色ばかり気にしてデザインするようになったからだ。大好きなデザインが苦痛になった。そしてデザイナーをやめ転職。これまた目まぐるしく忙しい日々の隙間に、いつか絵を描く生活がしたい、とよぎった。が、それは遠い夢のように思えた。いまさら、何も描けない。何を描いていいか見当もつかない。描きたい衝動も湧き上がらない。もう描けるはずがない。やはり母が言ったとおり絵をかくのは難しいことなんだ。と———それをひっくり返してくれたのが、右脳アート(臨床美術)だった。上手く描こうとしなくていい、人に評価されようなんて思わなくていい。自分がいいなと思う色を選び、手が動くままに表現するだけ「そもそもアートに正解なんてない」。内側から溢れ出るものを感じながら描く、ただ描く。ただつくる。この「内側の豊潤な世界」があることに気づかせてくれたのが、右脳アート(臨床美術)との出会いだった。

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